おせち料理と日本の変化
2014.11.24

季節柄、おせち料理の通販や予約申しこみの広告を見かける。
わが家ではおせち料理を丸ごと買う習慣はないけど、
「スカスカのおせち料理」の騒動があったのは数年前だから、
なじみ深い人も多いのかもしれない。

わが家の場合、かまぼこや伊達巻などはスーパーで買って、
あとの数品は母がつくったり祖父母の家でつくったものを
もらったりしている。それらを大晦日に重箱に詰めるのが
いつの間にか私の役割になった。

昔は大半を自分たちで調理したのだろうけど、
近い将来、部分的にでも自分でつくる人は少数派になりそうだ。
レシピがわからない(経験がない)、
つくろうと思えばできるけど高齢でめんどう、
ひとり暮らしや小家族だと、少量だけつくるのはめんどう。
こんな理由で、買ったほうが楽だよね、となる。

重箱は現代の庶民生活に合わない。
収納力がありすぎる。4段や5段のものが正式らしいけど、
ウチにあるのは簡略化された2段のもの。
もし4段だったら、なにを入れるんだ? ってことになる。
重箱を持たない世帯はどんどん増えるはずだ。

おせち料理は神への供物であると同時に、
正月くらいは家事をしなくてもいいようにしよう、という意味がある。
だから食事をつくり置きした。店も正月は休み。
現代は、つくり置きなんてしなくても店は営業しているし
冷凍食品もあるから、食事には困らない。

おせち料理は、だんだんと元の形が失われていくみたいだ。
クリスマスのケーキやチキンみたいに、
つくらずに買うのが普通で、食べる意味もよくわからず、
なんとなく(踊らされて)食べるものになるかもしれない。


正月の食事の変化は、日本社会の変化の象徴として
ちょうどいいかもしれない。「昭和の崩壊」というか。
世帯を構成する人数が減っているし、
人口全体も減り、多数派は高齢者。
労働のありかたも変わり、結婚をしない(できない)なんて変化もある。

クールジャパンなんていうけど、
そう遠くない将来、日本人でさえ日本的なものを体験するのは
レアなことになるかもしれない。
変化するのは自然なことだけど、かわりに新しいものが
生まれている感じもしない。


この記事へのコメント

トラックバック

URL :

PR
プロフィール

saitaro2012

管理人:saitaro2012
別のブログサービスから移転してきました。
移転作業中のため、
画像が表示されなかったり
リンクがおかしかったりします


最新記事
カテゴリ
検索フォーム
最新コメント
月別アーカイブ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示
リンク
Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...