犠牲者の情報はどこまで必要か
2014.10.05

先日発生した御嶽山の噴火で、現在のところ
51人の方が亡くなった。捜索は継続中なので、
この数字はさらに増えるだろう。

一連の報道で、犠牲者の伝えかたには
違和感を覚えている。不要な情報が多い。

ほかの事件や災害の犠牲者報道にもいえるけど、
犠牲者がどんな性格だったか、どんな活動をしていたか、
どんな夢を持っていたか、等々は必要だろうか。
卒業アルバムや過去の動画の紹介などもよくあるが、
これらが広く知らせるべき情報とは思えない。

著名人ならともかく、一般の故人の人柄を語るのは
親族や友人だけでいい。

日本では死者を悪く語らない風習があるようで、
すべてが「いい人だった」という論調なのも気味が悪い。
人にはいろいろな側面があるから、
悪い印象を持っていた人がいてもおかしくないのに。

見たくない情報なら避ければいいけど、
こうした情報はテレビでも新聞でも流れてくる。
文字情報なら読み飛ばせるけど、
映像だとそうもいかないのでやっかいだ。

御嶽山の件に限らず、犠牲者の情報は
名前と住んでいる都道府県くらいでいいと思う。
名前は漢字表記ではなくカタカナで。顔写真もいらない。
事件や災害の状況によるけど、所属する企業や学校の
情報もいらない。まして性格や夢の話は完全に不要。


犠牲者の死を美談のように語る側面がある一方、
加害者の報道は最初から悪意がある場合が多い。
容疑者の段階にもかかわらず、
「前にもトラブルを起こした」とか
「職を転々としていた」など、悪印象を持ちやすい
情報が流れがちだと思う。


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