選別される死
2014.09.24

神戸で行方不明になっていた女の子が
遺体で発見された件について、大々的に報じられている。

小さな子が行方不明となり、一定期間見つからず、
結果として遺体が放置され、容疑者も問題ありとすると、
マスコミの食いつきが悪いはずもないが、
「なんだかな」という気もしている。

例によって被害者がどんな人物であったかなどの
報道は辟易するけど、この死だけに注目することにも
違和感を覚える。

日本だけに限定しても、毎日のように人は死んでいる。
病死、事故死、自殺、他殺、いろいろだ。
ところが、日常生活では他人の死は比較的軽い扱いになりがち。
「人身事故で列車に遅れ」と聞いて驚きや心配を見せる人は少ない。
(念のため書くと、人身事故だからといって死ぬとは限らない。
また、死んだとしても自殺とは限らない)

大々的に注目される死は、ネタになるものだけ。
被害者が幼い(または若い女性)、家族間または老人間の事件とか。
加害者がクセのある人物でもネタになりやすい。

死をネタにするなら生もネタになりそうだが、そうはならない。
死は状況がさまざまで、突発的なものもあるから。
一般人の生で話題になるのは、母親が被災して直後に出産とか。
昔は「五つ子ちゃん誕生」とかのネタがあったけど。

ネタとして扱いやすい死だけを取り上げておいて、
災害で犠牲者が何人とか、年間の交通事故死が何人とか、
カゴに盛った野菜みたいな感じで死を扱うのも妙な気がする。

たくさんのできごとから選別して伝えるのがニュースであり
メディアだ、といわれたらそれまでだし、
すべての死を伝えられても困る。
でも、温度差というか、一極集中ぶりが気になる。


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