「個性的」と「奇人変人」の境界線は
2014.02.02

任天堂が先日発表した決算によると、
ニンテンドー3DSはわりと順調に売れているものの、
Wii Uはかなりきびしい状況になっていることがわかった。

Wii Uは、任天堂から発売されたソフトでさえ
「代表的な1本」が出ているとはいいにくい状況なので、
他社製ソフトの存在感も薄い。
そんな状況では勢いがつかないのもしかたがないかもしれない。

Wii Uは発売から2年目の今でさえ、
「(標準コントローラである)Wii Uゲームパッドをもっと活用した
ソフトを出したい」とか言っている。前世代のWiiとくらべると、
「そのゲーム機ならではの楽しさ」の表現が足りないみたいだ。

思えば、Wiiリモコンとヌンチャクが発表されたときは
「なんだあれは」という印象だった。それでも、実際プレイすると
楽しさはすぐにわかった。Wiiは世界的にたくさん売れて、
奇抜なものから定番的な存在になったと思う。
(実際はそんなに奇抜でもないこともわかる)

その後発売されたWii UのWii Uゲームパッドは、
Wiiリモコンとヌンチャクの組み合わせと比較すると
「普通」に近いように思う。Wiiリモコン登場のときのような
正体不明感はほとんどなかった。
ゲームパッドに個性がないわけではないけど。

ちょっと変な感じ、奇妙な感じだったWiiリモコンは
すんなりと受け入れられ、わりとまともに思えるゲームパッドが
不調なのはどうしてだろう。
(その答えがわかれば任天堂も苦労しない)

個性的とよばれるか、変わり者(物)とよばれるか。
その境界線を考えるとちょっとおもしろい。

新しいもの、ちょっと変わったものが受け入れられるには、
ある程度普及する(認知される)必要がある。
ある一定の線をこえると、それは「普通」「当たり前」になる。
むしろ「かっこいい」とか「ステキ」とか上質なものだと思われる。
こえられなければ消えていくか、「知る人ぞ知る」などと
フォローされながら存在することになる。
「一定の線」はどこに引かれているのか。

商品としては、個性的すぎてもダメなんだろうね。
理解してもらわないと普及も認知もすすまない。
あとになって「あれは時代を先取りしてた」なんていわれても困る。


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