カテゴリ : その他の雑談 の 記事一覧

突然ではない発表はあるのか
2019.01.28

「突然の発表でおどろかせてしまっているかもしれませんが」と
活動休止を発表したアイドルグループがいる。
突然ではない発表ってあるのかな、と気になった。

発表を予告する例はある。
アップルの新商品発表会は招待状が送られるし、
企業の決算発表も予告がある。
発表内容が予測できる場合もあるけど、詳細は
発表の瞬間を待たねばならず、答えは突然やってくる。


「突然の発表」と感じられるものほど、
水面下ではいろいろと動きがあったと考えたほうがいい。

今回の活動休止も2017年から話し合いがあったそうだし、
離婚したいとか会社を辞めたいなんてのも
それまでに考える時間や耐える時間があるはず。

発表に至る動きをうまく隠していたか、
周囲の観察が不充分だったから「突然」になっただけで、
しっかりと状況は動いていた。突然はない。


発表を突然と感じるのは、発表者との距離が
強く影響するように思う。関心の有無。
誰かには大ニュースでも、別の誰かには
どうでもいいことだったりする。

いかにも大ニュースであるかのように伝えられることもある。
いたずらに悲しんだり憤慨したりすると
精神力を消耗させられるだけかもしれないから注意だ。


裏金があってもオリンピックは開催される
2019.01.12

東京オリンピックの招致についての裏金疑惑が
ここにきて再び目立ち始めたのはおもしろい。

いわゆるロビー活動で、大なり小なり
裏で金品の授受があったのはまちがいないと思う。
純粋な投票が行われていると思ってはいけない。
これはオリンピックに限らない。

今回の裏金疑惑は起訴するかどうかの準備段階にあるらしい。
仮に起訴となれば、オリンピック開催までに結論は出ないだろう。


ここで問題になりそうなのは、開催が近づくほど
日本のマスコミが何事もないように報道しそうなこと。
自国開催だし、高い放映権料を払うのでマイナス要素は伝えない。
半年前あたりから、裏金とか工事の遅れとかの話題は
大手のテレビと新聞では少なくなると思う。

こうしたときは海外のメディアをチェックするとよさそう。
海外メディアもたくさん来日するから、
オリンピック用の施設はもちろん東京の交通機関やホテルも
変なところがあれば報道されるはず。

リオデジャネイロのオリンピックのときは、
交通機関の工事が終わっていないとか海の水質が悪いとかの
報道があった記憶がある。こんどは問題点を指摘される側に
なるわけで、どれだけ自国内で報道されるか。

「このまま開会式を迎えて大丈夫なのか」という報道は
国内でもありそうだけど、始まってしまえばマイナス要素は語られない。
閉会後に反省点をふりかえる動きがあっても小さな扱いだと思う。
建設関係者が亡くなっている話も忘れられている。


ちなみに東京オリンピック開催前に裏金疑惑が有罪確定したと
しても開催は変わらないはず。いまさら変えられない。
開催中止になるとしたら首都圏や東海地方の大地震くらいしかない。
仮に北海道や九州で地震が起きたとしても強行されると思う。


おみくじ業者はおみくじを買うのか
2019.01.05

少し遠いところにある神社に初詣に行った。
かなり長い歴史のある神社で、行くのは5回目くらい。
初詣で行ったのは初めて。

参道に大量の露店が出ていて、いつもと雰囲気がちがった。
広い参道は露店を出すための設計なのかもしれない。

初詣に来ておいて変だけど、神社や寺には
ビジネスのにおいを感じることがよくある。
神や仏の存在や熱心に祈る人たちを否定しないけど、
その中間にいる人たちが「もうけるしかけ」を用意している。

おみくじ、お守り、お札、熊手なんかが代表アイテム。
毎年買い替えたほうがいいとか、ビジネスのにおいがする。
施設を維持するにも資金がいるから、しかたないけど。
お賽銭とかおみくじとか、アフィリエイト的だよね。

そんな気持ちでお参りすると、おみくじを結ぶコーナーは
100円玉がたくさんぶらさがっているように見える。
結ばせるのは「適当に捨てさせない(景観を汚さない)」
という意味でもおもしろいルールだ。

結ぶ行為に儀式感があるのもいい。
これが「不要なおみくじはこちらへ」なんて感じで
コンビニのレシート入れみたいな箱があるだけだったら、
箱に入れない人がいると思う。


おみくじの業者はおみくじを買うのか、ずっと気になっている。
どこかに印刷業者があるし、おみくじの文面を決める
プログラムもありそうだ。業者数は意外と少なそう。

関係者ならどんなバリエーションがあるのか知っているから、
おみくじを引くたのしさは、おそらくない。
自社の印刷物を納入していないところなら引くのかな。

関係者になると純粋にたのしめないのはどの仕事も同じかもね。


読んだ本の記録をつける
2019.01.02

今年から新しい習慣として読んだ本の記録をつける。
買った時点での記録ではなく、読み終えた本、もう読まないと
決めた本を記録する。再読したものもふくめる。

本のタイトルと著者、かんたんな評価をつけるだけなので、
負担にはならないはず。

これまでそんな記録はつけたことがなくて、
どんな本を読んだのか、よくわかっていないこともあった。
本を手放す段階で「そういえば読んだな」とか。
最悪、活字を追いかけただけになりかねないので、
記録してふりかえりができると見えてくるものがあるかもしれない。

ブログのネタにするための記録ではなく、私的なもの。
よいものがあれば紹介しようと思う。



ちなみに、去年最後に読み終えたのは
「14歳、明日の時間割」(著・鈴木るりか)でした。



中学校を舞台とした連作小説。
最初のほうの印象は「ちびまる子ちゃん」を想像させるような
感じだったけど、だんだんと雲行きが変わって
明るいだけの話ではなくなる。全体としては明るくてあたたかい。

特別おすすめしたいわけではないけど、
次回作があるなら読んでみたいなと思わせた。

著者は中学生で、この作品が2作目だそうだけど、
一度作家活動から離れてみるのもいいと思う。
「昔は小説を書いたこともあるけど、今は建築士です」みたいな
未来があってもいいし、それが無理ではない年代だから。
よけいなお世話だけどね。


おせち料理の未来
2018.12.29

先日、おせち料理について少しふれた。
だんだん食べられなくなっていく(習慣がなくなる)のではないか、という感じ。

おせち料理は、年の初めを祝う宗教的な儀式としての意味と
正月くらいは家事をしないための保存食の意味がある。

軽く調べると、儀式としての起源は平安時代あたりまで
さかのぼるものの、庶民がお重につめた料理を食べる
現代の形式が整ったのは早くて江戸末期だそうだ。
第二次大戦後という説もあるみたいで、意外と歴史は浅い。
(日本で伝統とされるものが、江戸末期や明治以降の
風習であるパターンは多い)


おせち料理の実質的な意味が保存食だとすると、
現代ならカップ麺や冷凍食品、フリーズドライの味噌汁でもいい。
おせち料理の意味はなくなっていく。
(昔は正月に商店が休むのが当たり前であったことから
保存食をつくる意味もあるので、店に買いに(食べに)行く選択肢はのぞく)

ただし、おせち料理で提供される食品には
縁起をかつぐ意味もある。数の子なら子孫繁栄、黒豆ならマメに働くなど。
こじつけのような気がしなくもないけど、おしゃれともいえる。
カップ麺や冷凍食品にこうした意味づけをするのはむずかしい。
空腹を満たせばそれでいい、というのはむなしい。
避難所で食べる非常食と同じになってしまう。

こう考えると、単身世帯の増加や経済的事情などにより
将来の日本ではおせち料理を家庭で食べる例は少なくなり、
神社や寺、和食の飲食店で提供されるのではないか。
もっとシンプルな形になって、七草がゆ的にふるまわれる。

変化するのは必ずしも悪いことではない。
「平成のころは、お重につめたおせち料理を食べてたんだよ」などと
語られるようになるかもしれない。
お重が家にある世帯もどんどん減るはず。


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